20170924 無題
ここのところ破滅の手触りが確かなものになってきた気がする。根拠はない。夏が終わったせいでそう感じるのかもしれない。
ところで破滅の手触りってなんだろう。思いのほかフワフワだったりするのだろうか。柔らかく破滅していきたいとは思う。柔らかい破滅とは?
雪が溶けても桜が散っても夏が終わっても自分だけは残る。それがとても嫌だなと思う。秋が終わると次は鬱の季節だ。沖縄あたりに移住すれば少しはましになるのだろうか。
憂鬱になるのは簡単で、幸福を感じるのは難しい。ままならないなと思う。やっていく。丁寧に。
20170710 無題
何もできない。溜まりまくった課題やマイナビからのメール、どこかに行きたくなるような夏風も全て無視して、一日中ゴロゴロしている他ない。
断続的に腹痛に襲われる。感情が乱高下する。精神を壊して入院していた頃の夢を見た。部屋が際限なく散らかっていく。
窓の向こうで大雨が降っている。それは自分のいる部屋の中には何の影響ももたらさない。家財を慌ててビニール袋で包む必要はないし、傘をさす必要もない。ここは安全で、すこし寂しい。
横になってインターネットをするが、すぐに飽きてくる。かわりに世界の仕組みについて考えることにした。でも特に面白いことが浮かばない。やっぱりこういうのは普段の習慣がものを言うんだろう。最近世界の仕組みについて考えた時間があっただろうか?一切ない。
自分が思いのほか社会の側の人間になってしまったことに思い至り、よく分からない感情になる。心がざわつく感じのやつ。
こういう、簡単に言葉にできない、喜怒哀楽にも当てはまらない歪な感情を拾い上げて、大きく育てていくことの大切さを自覚するようになった。自分だけの怪物を心に飼うこと。それは癒やしであり、祈りであり、規格化されていくことに対するささやかな抵抗だ。
いつの日か、おれの巨大不明感情が首都に襲来し、東京スカイツリーをなぎ倒す。そんな夢を見る。
20170315 無題
起床成功。9時頃起きる。夢は忘れた。
TUTAYAで借りてきたファンタスティック・プラネットを視聴。映像も音楽も素晴らしかった。そのうち真面目に感想を書こうと思う。そのうちがいつなのかについては諸説あり……
お昼を食べて河川敷の菜の花畑へ。自転車で堤防の上を走る。バスや電車は身体が箱に入って移動する感覚だけど、自転車は身体の拡張だ。頬に当たる風が気持ちいい。
菜の花畑は震災の復旧工事で消滅していた。
これは去年。色々なものがなくなっていくなぁ。
20170313 無題
起床失敗。
朝ごはんのパンを食べて、そのままお昼ごはんのインスタントラーメンを食べる。コーヒーを切らしてしまった。仕方がないのでお茶を温めて、チョコレートをボリボリ齧る。カフェイン不足に花粉症の薬の副作用もあいまって、いつもにも増して頭がぼんやりする。眠い。
お昼に学校へ行く約束をして、お昼を完全に過ぎた時間に家を出た。ダメだなぁ...
11月の時雨みたいな冷たい雨。冬の始まりと冬の終わりはあまり区別がつかないなと思う。
学校での作業はほぼ進捗なし。作曲も今日は進まず。散らかった部屋でボーっとしている。停滞と焦燥。ていねいにやれば大丈夫だよ と頭の中で唱えてみる。深井一さんのこの言葉には何回も救われた。ていねいにやれば大丈夫。こんな日もある。暖かくしておやすみ。
深井一さん
20170312 無題
遅くに起床。夢は忘れた。
朝ごはんを食べて曲を書く。昨日の続き。お昼を食べてまた作曲。日記を書いていて気づいたけど、やっていることが昨日と全く同じだ。
河川敷の菜の花畑を見に行こうかと思ったけど、身体が動いてくれなかった。作曲に限らず何でもだが、一度過集中に入ると自分の意志で机から離れることが困難になる。結局今日は外に出なかった。明日は菜の花畑を見に行けたらいいな。
夕方から夜にかけて曲の展開が思い浮かばず行き詰まる。このへんも昨日と同じだ。曲も日常も繰り返し。展開したい。抜け出したい。ここじゃないどこかへ。
人間の生活というのは本来的に支離滅裂なものだと思う。日記を書くという行為は、支離滅裂な生活を物語という明確な秩序を通して見ることで、生活の中にある自分の存在とか軌跡を確認するような作業だと思う。厳密には、自己の存在や軌跡を”確認する”という言い方はおかしくて、それらは物語によって初めて与えられる性質のものだと言うのが正しいのだろうけど。
ぼくはこれまで物語というものがほとんど見えていなかった。人間の認識はナラティブベーストだという考えが頭のなかでまとまりだしたのは去年の秋頃だったと思う。
おれは物語を持っていないので、十全な物語を持ってお互いをそれらのキャラクターとして相互承認しあう健常者のコミュニケーションに参加することができない
— 完全なQ体 (@torchfish_story) 2016年10月1日
就職面接でよく聞かれること一覧みたいなのをもらったんだけど、物語に適応できていない人間を弾く機能を持った質問がずらりと並んでいて関心した
— 完全なQ体 (@torchfish_story) 2017年1月23日
コミニュケーションの場での役割(キャラクター)は多くの人が意識しているけど、キャラクターのセットに対応する物語が存在することはあまり意識されていない感じがする(大多数の人間は意識していなくても適応はしている)
— 完全なQ体 (@torchfish_story) 2017年1月23日
ここで言う物語というのは人間の行動や人間そのものに意味や機能を割り当てるシステムのことで、これに適応できていないと他者との関係において自分を解釈できず、例えば自分の感情が分からない(=そのような感情を示す語彙が社会の中に用意されておらず誰にも伝えられない)などといった状態になる
— 完全なQ体 (@torchfish_story) 2017年1月23日
お互いをお互いの物語の中の登場人物〈キャラクター〉として認め合うことが、コミュニケーションの基礎なのだと思うようになった。伝えたり聞いたりすることがもっと上手になりたい。人間関係のハッキング。強者になりたい。
20170311 無題
起床失敗(?)。今日は特に予定がないので、失敗という感じでもないが。遅いことには遅い。もう少し早く起きたかった。
夢。おじゃる丸が出てきた。僕はあの3人の鬼のキャラクター(名前は忘れた)を合体させたキメラみたいな動物(?)の一部だった。それから曖昧になり、最後はカズマくんに詩の書き方を教えてもらった。 そういえば現実のアニメで彼らはよく合体していたなと、夢を振り返りながら気づく。偶然だろうか。思い出せないけど無意識では憶えているとかいうアレなのかもしれない。
朝ごはんを食べて、曲を書く。良い出来。お昼を食べてまた作曲。夕方に図書館へ。それから家に帰ってまた作曲。展開が思い浮かばず行き詰まる。集中しすぎた反動で虚脱。体がだるい。