Eclipse

随想録

20180305 ノンストップ・ライティングを試してみた

ノンストップ・ライティングというライティングの手法をご存知だろうか。これは、名前の通り訂正や推敲を一切せず、ノンストップで制限時間いっぱい文章を書きなぐるというものだ。詳しくは以下の本に書いてある。

イデア大全 / 著 読書猿 - https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/asin/4894517450/ornithopter0b-22/

この本の元になった読書猿さんのブログもたいへん面白いのでみんな読んでほしい。

readingmonkey.blog45.fc2.com

 

ノンストップ・ライティングの話に戻ろう。具体的な方法は以下のとおりである。

  1. 書く準備をしてタイマーを15分間にセットする。
  2. タイマーがなるまでなんでもいいからとにかく書き続ける。
  3. 怖い考えやヤバイ感情に突き当たったら(高い確率でそうなる)、「ようやくおいでなすった」と思って、すぐに飛びつく。
(アイデア大全 P43)

以下が、私がノンストップ・ライティングをやった結果出力された文章だ。誤字は修正してある。

音楽を聞きながら文章を書くのは難しい気がする。理由はよく分からない。意識が散漫になるような感覚。何らかの薬物を摂取してこれをやるとトリップできそうな気がする。気がするという表現が多いな。バルトークの何かの曲を聞いている。雨音が鳴っている。雨になって全身を地面に強く打ち付けたい。雨は飛び降り自殺だ。流れる。曲が流れるし、降った雨も流れる。曲が流れたり、水が流れたり、時間が流れたりするという表現は、どういう認識から共通の語彙を用いることとなったのだろうか、家族的類似という概念があるが、近いような遠いような、あるいは全く異なるような
母音と子音の順序が逆転する誤字が多い。口語ではあり得ない誤りだろう。なぜローマ字入力では簡単に子音と母音の順序が逆転するのに、話しているときは誤って逆再生してしまったりすることがないのだろうか。おそらく我々の認識では母音と子音がセットになった音素が最小単位として捉えられているのだろう。この仮説に基づけば、子音と母音を完全に分離した単位として認めるような言語が母国語の人間が日本語を習うと、音素の順序を逆転させた誤りを犯す可能性はそれなりにある気がする。どういう言語がそれに該当するだろう。英語とか?
あと一分程度残り時間があるけど飽きてきた。というか疲れた。初回はこういうものか。無心で集中できて気持ちよかった気がする。”気がするという表現が多い”と打とうとしたら予測変換で出てきたので、さっきも打ったっぽい。
この文章をネットに公開してみようかなとか、ブログを書くときに応用しようかなとか考えているが、読者がいないという安心感からスムーズにこなせている面があるわけで、公開は中長期的には害になる気もしている。どうしようかな。

(※頭の中に出来ていた文章をぜんぶ出し切りたかったので、制限時間後も加筆し、16分27秒かかってしまった。)

あまり普段のブログと変わらない雰囲気で、これなら公開しても害はないだろうと判断し載せることにした。ノンストップ・ライティングを試した他の人のブログを読むと、支離滅裂で文章と呼べるかも怪しいものが出力されたという人が多かったので、珍しいパターンなのかもしれない。自閉圏の人間は、喋っているときも文法に乱れのない文語を使うという話はよく聞くが、自閉圏の人間が何も考えずにノンストップで文章を書きなぐった場合も同様の現象が起こるのかもしれない。

やってみて良かった点としては、強烈に集中できて気持ち良かったというのが挙げられる。中長期的にどういう効果があるのかはよく分からない。どのみち無職で暇なので、しばらくは続けてみようと思う。

 

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